貴志祐介『青の炎』

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皆さま、如何お過ごしでしょうか。
前回の更新からきっかり一ヶ月経っていました。
いやはや、意欲をなくして三日坊主になった訳ではないのですが、
所謂「梅雨バテ」に罹ってて、体調が思わしくなかったので
読む本も溜まる一方で全然崩せていませんでした。
梅雨もそろそろ終わりという雰囲気ですので、またぼちぼちやっていきたいと思います。


さて、復帰第一作目
貴志祐介『青の炎』/角川書店 。


内容(「BOOK」データベースより)
 櫛森秀一は、湘南の高校に通う十七歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭の一家団欒を踏みにじる闖入者が現れた。母 が十年前、再婚しすぐに別れた男、曾根だった。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律 も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを…。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風 景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。 


以下読了の感想、ネタバレを含みますのでご注意を。



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これ、想像と少し違う本でした。
嵐の二宮和也くん主演の映画が話題になったので、
具体的な内容は知らなくてもぼやーっとしたイメージはあったんですね。
この作品は当時、「キレる17歳」とか、「家庭内暴力」とか言った言葉に絡めて取り上げられていた気がしました。
でも、実際は違います。
主人公の櫛森秀一は「キレる」タイプではないし、家庭内暴力もしていないません。
高校二年になったばかりの秀一は、成績優秀で何より家族想いの優等生タイプの少年です。
級友から酒を買っていたり、深夜バイトをしていたり少し危なっかしい部分はありますが。

私は秀一のようなクレバーなタイプの少年主人公ってとても好きなので、秀一のことも好きでした。
超然とした雰囲気を纏っていて、斜に構えて頭の良さからどこか浮いている、そういうタイプだと思います。

まず、こういうミステリ自体読むのが殆ど初めてだったので、新鮮でした。(「悪の教典」はちょっと毛色が違うので…)
特に物語の前半部分、殺人の動機付けに当たる部分は本当に面白かった!
居候の曽根の不気味さと、それを憎悪する秀一の心理は真に迫るものがあります。
ただ少し気になったのは、秀一が弁護士の加納に相談に行った時、「曽根が家に来て十日になる」と話した場面。
これを聞いた私は、「思ったより、短いな」と思いました。
殺人計画の夢想に取り付かれる程に憎悪している割には、10日という期間は少し短い気がしたのです。
10日くらいだと、堪え難い苦痛というのも微妙のような、でも、これより長ければ「それだけ経っているのに何も行動しなかったのか 」となるので難しいですね。

母親への暴行を目の当たりにした秀一が殺人計画を夢想から実行に移し、それを成功させるまでは案外あっけないものでした。
ここまででまだ物語の中盤だったので、一体この後の間をどう過ごすんだろう、と。

以下、含結末までのネタバレ。


そこへ登場してきたのが、拓也でした。
旧友の拓也は秀一の曽根殺害を知り強請ってくるようになった。
それを最短ルートで解決する為に拓也を「始末」することを決意する。
この選択に至る秀一の思考を描写した場面は秀逸です。
既に曽根という男を完全犯罪で葬った後で、ごく普通に学生生活を送り、
授業を受けながら頭では何のためらいも無く、ごく自然に拓也の殺害を企てている…。
一度殺人を犯した秀一は、安易な問題解決の策として殺人以外の選択肢を考えていもいません。
坂を転がりだしたら止まらないように転落して行く秀一の姿が痛々しくもあります。
作者の貴志は、友人の大門が秀一に話す言葉で、それを「炎」を使って表現しています。

 「嗔恚は三毒の一つなんだよ。一度火をつけてしまうと、嗔りの炎は際限なく燃え広がり、やがては、自分自身をも焼き尽くすことになるって」
祖父の教えで、他人に対して怒らないようにしている、という大門は、怒りを抑える理由として、こう続けます。
自分の嗔りで自滅するよりは、ずっとましな人生だって思ってるから」


拓也殺害を実行後、計画の甘さから起きたトリックの綻びを刑事に指摘されて追いつめられていく秀一…。
ここから、もうクライマックスですが、好きな場面があります。
職員室に呼び出された秀一が、横柄な教師に対して言葉で遣り込める場面です。
常に平静であろうとする秀一が最も感情を爆発させたシーンは、ここだったのではないでしょうか?
優等生の彼が、普段なら絶対にしないことですし、今後の学生生活を思い描いていてもしなかったことだと思います。
スカッとすると同時に秀一の心の遣り場の無さが見えて好きな場面でした。


ラストシーンについて、私は海岸の崖から転落でもするのかな、と思ったのですがちょっと予想が外れました…。
最初に思ったことは「おいおい、人に迷惑かけるなよ」と。(笑)
それと、交通事故というのは、ちょっと不確実な方法だなと感じました。
生き残る可能性は、割とありますよね。結末は二通り考えられると思いますが、どうでしょうか?
私としては、ここで秀一の人生は幕を閉じた、炎で身を焼き尽くした、と考えたい方ですが。


全体的には、中々好きな本でした。
泣く程感情移入するとか、心を揺すぶられる、というものではありませんが。
読んでいる途中で、ふっと自分が今どこにいるのか分からなくなるような感覚に捕われました。
確かに自分の部屋でこの本を読んでいるのに、本の中のことが現実のような、
自分が本の世界の中に入ってしまったような、奇妙な感じでした。
読み終わった後もなんだか気持ちがふわふわして覚束ない感じがして、一晩眠ってもそのふわふわ感が抜けきりませんでした。
何でか、妙に引き付けられるものがあるんでしょうね。相性、のような。
秀一という主人公も、国語の教科書の文学になぞらえて進行する物語も、好みに嵌っていたからでしょうか。


で、青の炎を読み終わった翌日、つまり今日なんですが、映画版を観ました。
いやあ、これはちょっと酷いんじゃ…!?
特に水槽の中でうずくまる陳腐な幼児性の表現と、独白の道具にする為に秀一にレコーダーで ボイス日記を付けさせる演出。
秀一は大人びた姿が魅力の人物ですし、こんな証拠を残すようなこともしないだろ!と。
どうしてもボイス日記を付けさせるなら、殺人の前にテープを処分させるべきでは。
それから、観る前は秀一に二宮くんて言うのは結構合うんじゃないかなあと思ってたんですね。
一見好青年だけど、腹の中では何を考えているか分からない、ちょっと影のある感じが似合うんじゃないか、と。
でも、冒頭シーンでそんな幻想はぶちのめされました。
ええ、彼の茶髪を見た瞬間に嗔りの炎で焼き尽くされるところでした。はい。
あややも役柄が全然原作の紀子と違っていますね。でも、こっちはあややの可愛さもあって意外と悪くなかったです。
鈴木杏は遥香のか弱いイメージと比べてゴツ過ぎ。
山本寛斎は不気味な感じも無いし体格も大きい感じがしない。
階段の喧嘩で啖呵を切るシーンでは全然怖くないしむしろ曽根の方がビビってるように見える…。
この映画で良いのは曽根殺害時の二宮くんの汗だく感と、コンビニ店長の神崎さんだけですね。
神崎さんは原作を読んでもイマイチ姿を想像できてなかったんですが、
唐沢寿明の神崎さんを見て、すごく腑に落ちるものを感じました。(笑)

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